登場人物の紹介
<オクトパスくん>
新築の家。耐震性能のことはよくわからないから工務店にお任せして設計された。
<耐震建築家>
建築構造を専門とする建築士のうち耐震性向上を目指し、修練を常に取り組んでいる建築家。
オクトパスくんは自分の耐震性能を把握してるかい?
ぼくは、建築基準法を満たした家だから、大きな地震がきても安全だよ!
安全というのは、大地震を受けても壊れず住み続けられるってことかな?
そう思ってたけど・・・急に自信なくなっちゃった・・・。ちゃんと理解してなかったかも。
自分の耐震性能を知ることはとても重要だよ。私と一緒に建築基準法の耐震性能を学んでみよう。
建築基準法の耐震性能を知る
建築基準法の規定を満たす建物は中程度の地震で損傷しないこと、最大級の地震では倒壊・崩壊しないことを目標に設計しているよ。
「2020年版 建築物の構造関係技術基準解説書」抜粋
2.5.3 構造関係規定において想定する構造躯体の構造性能と検証の方法
表2.5-1及び表2.5-2に示すとおり、建築物の構造性能としては、中程度の(稀に発生する)荷重・外力に対して「建築物の構造耐力上主要な部分に損傷が生じないこと(損傷限界)」、最大級の(極めて稀に発生する)荷重・外力に対して「建築物が倒壊・崩壊等しないこと(安全限界)」が要求されている。 また、日常的な荷重・外力で生ずる変形等によって「使用上の支障が起こらないこと(使用限界)」も要求性能として掲げられている。
この書籍は構造設計の判断基準として技術者にバイブルとして活用されている国土交通省監修の解説書です。
最大級の地震を受けたら、ぼくは住み続けることができない程の壊れ方をする可能性があるんだ・・・。
実はそうなんだ・・・。建築基準法は、最大級の地震の際に人命のみを守る最低限の基準で、ある程度の被害を許容しているということをみんなに覚えていてほしい。どんな大地震が発生しても無傷で済ませる設計が理想かもしれないけど、建物の使用期間中に遭遇するかしないかわからない大地震に、そこまでの設計を法で要求することは難しいんだ。
建築基準法の耐震基準は人命のみを守る最低限の基準
もし、住宅ローンが残っている建物が大破(再利用が困難なほど大きな損傷)したら・・・と考えたら、とても恐ろしいね。
大破した建物に対して、私たち構造設計者は「想定内」という判断になるけど、そうなる可能性があることを知らずに家を建てている施主だったら受け入れがたい現実だよね。だからみんなにはまず建築基準法の耐震基準は最低限の基準ということを理解してもらい、そしてもし建物を建てる時は目標とする耐震性能を建築基準法レベルより高くする分には自由なので、建築基準法レベルでよいか、もっと高く目標を設定するか、私たち耐震建築家と共に判断してほしいと思っているんだ。
耐震性能を上げるかどうかは自由に決められる
建築基準法の耐震性能レベル?
建築基準法の耐震性能レベル以上?
耐震性能は建築基準法レベルから
上げるかどうかは施主が自由に決められる
想定している地震の大きさを知る
そもそも、中程度の地震とか最大級の地震って表現がふわっとしてない?どれくらいの地震の大きさを想定してるのか、教えて欲しいな。
建築基準法では地震力はこのように規定されているよ。
「2020年版 建築物の構造関係技術基準解説書」抜粋
令第83条 地震力:令第88条(限界耐力計算にあっては、令第82条の5第三号・第五号) | 荷重・外力の程度 | 最大級の荷重・外力(極めて稀に発生する荷重・外力) | 中程度の荷重・外力(稀に発生する荷重・外力) |
標準せん断力係数1.0以上又はこれに相当する加速度応答スペクトルに基づく地震力(図2.5―1参照)(令第88条・令第82条の5第五号) | 標準せん断力係数0.2以上(地盤が軟弱な地域に木造を建てる場合は0.3以上)又はこれに相当する加速度応答スペクトルに基づく地震力(図2.5―1参照)(令第88条・令第82条の5第三号) |
通常の場合、建築物が弾性挙動をすれば、建築物の最大応答加速度は入力地震波の概ね2.5倍から3倍の値(ただし、一般的には建築物の一次固有周期が長くなるにつれて小さくなる)となることが知られている。
最大級の地震動に対してC0=1.0と規定していることは、おおよそ水平方向に1G(=980gal、建築物の重量と同じ大きさの水平力の作用に相当)の弾性挙動を仮定しており、300galから400gal程度の地震動に対する設計を要求していることになる。ただし実際には、このように大きな水平力に対し、必ずしも建築物を弾性設計しなければならないというものではなく、建築物に靭性があれば部分的に破損(ひび割れや降伏)してもすぐには崩壊しないことから、これに期待して設計することができる。
難しい言葉がたくさんでよくわからないよ・・・。要約して!
建築基準法では中程度の地震は建物総重量の0.2倍以上、最大級の地震は建物総重量の1.0倍以上(中程度の地震の5倍)の地震力(水平力:重力の方向と直角に交わる方向への力)が作用すると規定しているよ。
地震時の解析のイメージ
中程度の地震
最大級の地震
いまいち地震の大きさのイメージが湧かないな・・・
想定している地震の大きさの根拠を知る
なぜ、中程度の地震は建物総重量の0.2倍という大きさを規定しているの?
1950年に建築基準法が制定されたときから半世紀以上の歴史を持つルールなんだけど、建物総重量の0.2倍で建物が損傷しないように設計しておけば、通常の多くの建物は大地震に対しても倒壊・崩壊しないという経験から今も変わらずこの考えが採用されているからだよ。
経験から判断されたものなんだね。そしたら、最大級の地震が建物重量の1.0倍の理由は?
その理由を説明する前に、地震の大きさを表す単位について簡単に説明するね。
【参考文献】
(株)ストラクチャーHP「震度5強で倒壊の恐れあり?」
www.structure.jp/column3/topic501.html
地震の大きさを表す単位、ガルについて
地震の大きさを表す単位は主に3つあります。
震度 | ある場所の揺れの強弱、被害の程度を表すもの。 |
---|---|
マグニチュード | 地震そのもののエネルギーの大きさを表す単位。 |
ガル | ある場所の揺れの強弱を表す単位。震度よりももう少し揺れ方を科学的に表している。 |
上の3つの中で特にガルはあまり聞いたことがない方が多いかも知れません。ですが、私たち耐震建築家が構造設計する時に使うのがガルという単位です。
次のページからガルを使った話しが出てくるので少し詳しく説明します。
ガルとは「加速度」の単位です。加速度とは一定の時間内における速さの変化のことです。車が発進する時に、ある大きさの速度に達するまでの時間が短かければ短いほど大きな加速度が加わります。
加速度:0-100km/h に3秒かかる
加速度
大 > 小
加速度: 0-100km/h に15秒かかる
車が急発進や急停車したり、建物が地震によって急に揺すられたりすると、速度が急激に変わり加速度が生じます。
そしてこの時、車中の人が座席に強く押し付けられたり、前のめりになったり、建物が揺さぶられたりするのは、加速度と逆向きの力(慣性力)が車中の人や地上の建物に働くためです。地震によって生じた加速度の最大値を使って地震動の大きさを表しています。 「この地震ではこの場所で最大何ガルの加速度が生じた」と表現します。
加速度は大きい数値程大きな地震動であったことをあらわしています。
【参考文献】
「初めての建築構造設計 構造計算の進め方」,<建築のテキスト>編集委員会
最大級の地震で想定している地震の大きさの根拠を知る
最大級の地震が発生したとき、建築基準法では地表面の最大加速度を300~400ガルと考えています。この地表面の最大加速度とは前のページで話した、地震の大きさを表すガルのことです。その300~400ガルの地震が建物に入る時、2.5~3倍増幅すると考えて、建物の揺れの大きさは1000ガルという数値が規定されています。
最大級の地震で想定している地震の大きさ
【参考文献】
「建築構造を知るための基礎知識 耐震規定と構造動力学」,石山祐二
建物の重さというのは地球の引力である重力加速度で表されます。重力加速度とは物に重力がかかることによって発生する加速度のことです。物に力を加えず落下させたとき、その物が落ちていく速さはどんどん上がっていきます(加速)。その重力加速度は980ガルですので、最大級の地震の1000ガルとほぼ同じ大きさです。そこで、最大級の地震の大きさを建物総重量の1.0倍と表現しています。
前のページで建築基準法では地表面の最大加速度を300~400ガルで考えていると言いました。阪神淡路大震災の地表面の最大加速度は818ガルを観測しています。建築基準法で想定していた加速度の倍以上でした。建物が滑ったからなのか、建物に働いた加速度はたまたま地表面の加速度に対して小さく(2.5~3倍増幅しなかった)、地震力は建築基準法の想定と同じか、やや上回る程度のレベルだったと推定されています。
【参考文献】
「2020年版 建築物の構造関係技術基準解説書」
最大級の地震は建物の粘り強さに期待して地震力を低減している
最大級の地震は建物総重量の1.0倍(1000ガル)以上の地震が建物に作用すると説明したけど、実際設計では建物の粘り強さに期待して地震力を低減しているんだ。このことは「建築物の構造関係技術基準解説書」にも記載されているよ。
「2020年版 建築物の構造関係技術基準解説書」抜粋
通常の場合、建築物が弾性挙動をすれば、建築物の最大応答加速度は入力地震波の概ね2.5倍から3倍の値(ただし、一般的には建築物の一次固有周期が長くなるにつれて小さくなる)となることが知られている。最大級の地震動に対してC0=1.0と規定していることは、おおよそ水平方向に1G(=980gal,建築物の重量と同じ大きさの水平力の作用に相当)の弾性挙動を仮定しており、300galから400gal程度の地震動に対する設計を要求していることになる。ただし実際には、このように大きな水平力に対し、必ずしも建築物を弾性*1設計しなければならないというものではなく、建築物に靭性*2があれば部分的に破損(ひび割れや降伏)してもすぐには崩壊しないことから、これに期待して設計することができる。
*1 弾性:物に力を加え、除いた時、物は壊れず元の形に戻る性質
*2 靭性:粘り強さ
粘り強さってどういうこと?
粘り強さとは
煎餅に力を加えるとパキッと割れてしまうよね。煎餅をぬれ煎餅に変え、さっきと同じ力を加えるとどうなるだろう。亀裂が入ることはあってもしなって煎餅に比べて割れにくくなるよね。これが粘り強さだよ。
建物も煎餅みたいにもろく、バキッと急に壊れたら怖いね。
最大級の地震は建物の粘り強さに期待して地震力を低減している
最大級の地震の大きさは“地震を受けても建物が壊れず元の形に戻るような動きをしたとき”という前提条件があって1000ガル程度になると想定され定められてるよ。けど、そんなに大きな地震を受けた時、損傷せず元の形に戻るよう設計することは経済的に難しい。そこで部分的に破損しても建物の粘り強さに期待することで地震力は低減して設計する考えが導入されているんだ。
粘り強さに期待できない建物は、急に柱が壊れて床が落ち人が建物の下敷きになるということが無いように地震力は大きくなるように設定され、地震に対して建物の強度で抵抗する考えとなっているよ。それでも、どんな建物でも粘り強さはあると考えられ、最大級の地震で想定している1000ガルの0.25~0.55倍に低減してよいと規定されているんだ。
部分的に壊れること前提だけど、建物に粘り強さがあるから、想定する地震を小さくしてるんだね。
【参考文献】
規基準の数値は「何でなの」を探る 第1巻
地震の抵抗方法によって地震力の低減率が決まる
何倍低減するかは、建物の粘り強さ(骨組みが壊れても急に倒壊しにくいかどうか)で決まります。
例)鉄筋コンクリート造の場合
1000ガルの0.3倍
柔構造(靭性型)
しなやかなバレリーナタイプ
- 建物の粘り強さで地震を吸収する。
- 骨組みが壊れても急に倒壊しにくい。
- 揺れやすい。
- 補修を要する損傷が生じる可能性が高い。
1000ガルの0.55倍
剛構造(強度型)
鍛えられたボディビルダータイプ
- 地震に建物の強度で抵抗する。
- 粘り強さは小さいが耐力が大きく壊れづらい。
- 揺れにくい。
- 補修を要する損傷が生じる可能性が低い。
【参考文献】
技術資料① 壁を活用した鉄筋コンクリート造建築物の損傷制御設計法
「建物の耐震性とは?」,さくら構造株式会社
地震力と震度の関係
過去の経験から地震の大きさが規定されてるってことはなんとなくわかったけど、いまいちイメージしにくいな・・・。ぼくたちに身近な震度だとどれくらいの揺れなのかって表すことできないかな?
震度は被害の程度を表す指標だから、建築基準法で規定している地震の大きさを震度で表すのは専門的な厳密さに欠けるけど、中程度の地震は震度5弱程度、最大級の地震は震度6強程度と考えられるよ。
え!?最大級って言ってるのに、震度7の揺れは想定されてないの!?
震度7には上限がなく、震度6強に近い揺れから過去に経験したことが無いような大きな揺れまで含む広範囲なものとなっているから「震度7の地震で倒壊しない」とは言い切れないんだ。
震度とは
ある場所における地震の揺れの強弱と被害の程度を表すのが震度です。震度は、以前は体感および周囲の状況から観測していましたが、平成8年(1996年)4月以降は、「計測震度計」により自動的に観測され、 「計測震度」と呼んでいます。
【参考文献】
気象庁HP「震度について」
www.jma.go.jp/jma/kishou/know/shindo/index.html
震度と加速度の関係
計測震度の計算には、地表面の加速度の大きさの他に、揺れの周期や継続時間も考慮しているので、地表面の最大加速度が大きい場所が震度も大きくなるとは限りません。 また、地震動は地震や観測点の地盤や地形などによっても異なります。
2003年5月26日 宮城県沖の地震における大船渡市の加速度波形(上)
1995年1月17日 兵庫県南部地震における神戸中央区中山手の加速度波形(下)
宮城県沖の地震(2003年5月26日)
最大加速度 :1,105.5ガル
震度 :6弱
ほとんど被害なし
兵庫県南部地震(1995年1月17日)
最大加速度 :818.0ガル
震度 :6強
大きな被害が発生
建物にはそれぞれ揺れやすい振動の周期(固有周期)を持っています。一般的に建物は、短い周期の地震波より長い周期の波で壊れやすいと言われています。 宮城県沖の地震の場合、大きい加速度を記録しましたが、地震波の周期が短かったのが被害の少なかった理由のひとつと言えます。
【参考文献】
気象庁HP「震度と加速度」
www.data.jma.go.jp/eqev/data/kyoshin/kaisetsu/comp.html
計測震度を車で例えると、加速度が同じフェラーリであってもアクセルを踏んでいる時間や壁までの距離の違いでダメージ(震度)に違いが出ることと同じと言えます。
震度についての表現
震度は書籍によって表現が違っていたり、改訂されてから削除されたりしています。
『建築物の構造関係技術基準解説書2001年版』(国土交通省監修)
『Ⅰ住宅・建築物の耐震化に関する現状と課題』(国土交通省)
『建築構造設計指針』(東京都建築士事務所協会)
まとめ
想定している地震を震度に置き換えると | 想定してる地震の大きさ | 建築基準法で目標としている耐震性能 | |
中程度の地震 (稀に発生) |
専門的な厳密さに欠けるけど震度5弱程度 |
建物総重量の0.2倍の力 | 建築物の構造耐力上主要な部分に損傷が生じない |
最大級の地震 (極めて稀に発生) |
専門的な厳密さに欠けるけど震度6強程度 |
建物総重量の1.0倍の力(1000ガル) → 壊れて250~550ガル |
建築物が倒壊・崩壊しない |
みなさんの家は壊れる前提で建てられています。
住宅の性能向上のための制度
住宅性能表示制度
「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」に基づく制度。様々な住宅の性能をわかりやすく表示し、良質な住宅を安心して取得できる市場を形成するためにつくられた。
長期優良住宅認定制度
長期にわたり良好な状態で使用するための措置が講じられた優良な住宅の建築・維持保全に関する計画を「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」に基づき認定するもの。
高耐震=高価格ではない
高い技術力を持った耐震建築家は耐震性能を変えずにコストを落とすことができます。その落とせたコストを利用して補強にまわす。そうすることで掛けるコストは変えずに高耐震とすることができます。