熊本地震から10年|想定外を「想定内」に変える構造設計者の使命

2016年4月、熊本。最大震度7の揺れが2度も襲ったこの地震は、それまでの日本の耐震基準に対する常識を根底から覆しました。

耐震基準を満たしていたはずの建物が、なぜ崩れ落ちたのか。あの時、防げなかった被害を、建築業界はこの10年でどう乗り越えようとしてきたのか。

進化した制度や法律、解析技術、建物の安全性について、構造設計のプロの視点から、10年間の変遷を辿ります。

1. データが語る構造種別の明暗と耐震性能の真実

熊本地震における建物被害を構造種別ごとに分析すると、顕著な差が見て取れます。国土交通省の調査によると、最も被害が激しかった益城町中心部において、新耐震基準の建物の倒壊・崩壊率は、木造が15.2%であったのに対し、S造(鉄骨造)は3.6%、RC造(鉄筋コンクリート造)は3.8%に留まりました。

この数字の差は、単なる構造種別の強さだけを意味するものではありません。S造やRC造は、その多くが設計段階で高度な構造計算を義務付けられており、柱や梁にかかる負荷、力の伝達パスが緻密に検証されています。

一方で、当時の多くの木造住宅は「4号特例」によって詳細な計算が免除されており、この検証の密度の差が、文字通り明暗を分けたと言えます。

1-1 耐震等級に対する結論|等級3が示した安全の境界線

住宅の強度を示す耐震等級の効果も再認識されました。同調査において、建築基準法レベルの耐震等級1や、その1.25倍の強さを持つ耐震等級2で被害が出た一方で、最高ランクの耐震等級3(等級1の1.5倍の強さ)で設計された建物の倒壊率は0%でした。

この結果から、繰り返す激震から家族の命と財産を守り抜くには、最高ランクである耐震等級3の確保が極めて有効であると証明されました。

2. 解析技術と制震の普及|ダメージを制御するという思想

熊本地震以降、建築業界では「繰り返す地震に備える」という意識が高まりました。そこで注目されたのが、揺れに耐えるだけでなく、エネルギーを吸収して逃がす「制震技術」です。

例えば、高減衰ゴムを用いた戸建て住宅用制震ユニットを設置した住宅は、繰り返す震度7の揺れに対して全壊・半壊が0件という高い性能を実証しました。

現在、こうした対策をより確かなものにするため、地震応答解析(時刻歴応答解析)ソフト『wallstat』などの活用が進んでいます。パソコン上で二度連続の揺れを再現し、建物の損傷プロセスをコンマ数秒単位でシミュレーションする。これにより、制震ダンパーが最も効果を発揮する配置を検討したり、繰り返しの揺れに対する損傷を客観的に評価したりすることが可能になりました。

さくら構造と『wallstat』開発者京都大学・中川教授の共同研究

3. 木造住宅における直下率の軽視と数値による力の裏付け

熊本地震において木造住宅の倒壊原因を分析すると、単なる壁量の不足だけではなく、上下階の柱や耐力壁の配置のズレ、すなわち「直下率」の低さが被害を拡大させたケースが多く見られました。

3-1 法律に基準がない「直下率」という盲点

この直下率に関する具体的な数値基準や法的制限は、現在の建築基準法には存在しません。法的制限がないため、建築基準法が求める最低限の壁量計算さえ満たしていれば、たとえ直下率が極めて低く、上下階で柱の位置が大きくズレている建物であっても、法律上は建築できてしまうのが現状です。

かつての木造住宅設計では、間取りやデザイン性の意匠を優先するあまり、上下階の柱が一致しない設計が珍しくありませんでした。しかし、柱の直下が空いている状態は、地震時に梁へ大きな負担をかけ、建物の粘りを奪う要因となります。

2016年の熊本地震以降、直下率は耐震性能を高める極めて重要な指標として注目されています。高い直下率を維持したプランニングを基本とし、さらに許容応力度計算(構造計算)によって力の伝達パスを1棟ごとに数値で裏付ける。法律上の規定がないからこそ、構造設計者が独自の基準で安全を担保することが、これからの木造設計には不可欠です。

4. キラーパルス(地盤増幅)への理解と解析の深化

益城町で甚大な被害を招いた最大の要因の一つが、特定の周期で激しく揺れるキラーパルス(地盤増幅)でした。

4-1 益城町を襲った共振の正体

キラーパルスとは、地震動の中でも特に周期1〜2秒の揺れが突出して強いものを指します。実は、一般的な木造住宅が持つ固有周期(建物が1往復する時間)も、1秒前後に集中しています。地震波の周期と建物の周期が一致すると、ブランコをタイミングよく押すと大きく揺れるのと同じ共振現象が起き、建物の揺れは数倍にまで増幅されます。

益城町中心部の地盤は、表層に柔らかい粘性土や堆積層が厚く重なっており、この1〜2秒周期の揺れを極端に増幅させやすい特性を持っていました。建物の弱点となる揺れを地盤がピンポイントで作り出し、一気に破壊へと追い込みました。これがキラーパルスの恐ろしさです。

4-2 共振を回避し建物を守る戦略

このキラーパルスへの対抗策として、現代の構造設計では揺れを真っ向から受けるだけでなく「揺れをいなす」という戦略が取られています。その代表例が積層ゴムなどで建物を地盤から絶縁し周期を逃がす「免震工法」や、各種ダンパーで揺れを吸収する「制震技術」です。

建物に伝わるエネルギーを吸収する制震ダンパーや免震技術を導入することで、建物の変形能力を高めたり、周期をあえてずらしたりすることが可能になります。これにより、たとえ地盤が激しく揺れても、建物が致命的なダメージを受ける一歩手前で衝撃を逃がすことができるのです。

現在は、微動探査によって地盤の周期特性を事前に計測し、さらに地震応答解析によって建物の固有周期との整合性をシミュレーションするプロセスが確立されつつあります。地盤の特性と建物の構造をセットで解析する一歩踏み込んだ検証により、震災時の建物挙動をより高い精度で把握できます。

まとめ|震災の教訓を次の10年の安全へ繋ぐ構造設計の研鑽

構造計算上の数値や解析結果は、設計の安全性を高めるための確かな指標となりますが、それさえあれば、あらゆる自然の猛威を完全に制御できるといった万能なものではありません。自然界で発生する地震の複雑な挙動を、100%完璧に予測することは不可能だからです。

だからこそ、私たちは大きな地震が起きるたびに現地へ目を向けます。「なぜこの建物は耐えられたのか?」という地道な検証の積み重ねが、最新の解析ソフトや地盤調査技術だけでなく、繰り返しの揺れを想定した設計手法、制震技術を取り入れた標準仕様、そして実態に即した法律の改正へと昇華されてきました。

過去の教訓を風化させず、常に最新の知見を取り入れ、想定外を一つずつ「想定内」に変えていくこと。これは、構造設計のプロフェッショナルとして、これからの10年を支える私たちの揺るぎない使命です。

【参考・引用文献】

国土交通省|熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会 報告書
(益城町中心部における構造種別ごとの被害分析、および耐震等級別の倒壊率調査データ)
https://www.mlit.go.jp/common/001287789.pdf

関連記事一覧