建築基準法の耐震性は壊れる可能性があるってことを一般の人にも知ってもらいたい
【プロフィール】
山本 健介(やまもとけんすけ)
耐震建築家、一級建築士、構造設計一級建築士
さくら構造株式会社 札幌本社第三設計室 室長
北海道札幌市出身
大学卒業後、地元の小規模の建築会社に入所、その後、一人前の技術者を志して一級建築士に合格。
29歳でさくら構造に入所し、耐震設計未経験者ながら、その実力をかわれ一般的な新築物件だけでなく
耐震補強や時刻歴応答解析等、幅広い分野で活躍。
約200棟の耐震設計を行った後、39歳で札幌本社第三設計室 室長に就任。
2023年からTSUYOKUの研究開発のリーダーを務めている。
建築基準法の耐震基準は、最低限の命を守る基準に過ぎない
Q:建築基準法による耐震基準とは?どんな法律?
地震についての規定は、規模と頻度によって、中程度の地震と最大級の地震時の2つに分けて基準が作られています。
中程度の地震というのは、数十年に一度の頻度で起きる地震。
つまり建物が建っている間に1度くらいは遭遇するであろう地震のことで、この規模については、継続して使えるように、構造上大事な部材を損傷させないようにしましょうという基準で作られています。
一方、最大級の地震時とは、数百年に一度の頻度で起きる大地震のこと。
建物が建っている間に遭遇するかどうかわからない地震については、最低でも命を守るために建物の倒壊だけは避けましょうという基準だけが定められています。
簡単に言うと、建物が大きな損傷を受けて使えなくなっても、人命さえ守れれば、OK、というのが、建築基準法による耐震基準となっています。
補修を行っても継続使用が難しい大破が許容されている
Q:倒壊・大破・中破・小破の違いは?
法律的に明確な線引や定義があるわけではありませんが、倒壊とは、建物の全部または一部が崩壊した状態のことをいいます。建物が崩れてしまって人命が危険にさらされる状態です。
大破とは、主要な部材に大きな変形や損傷を生じてしまい、耐力が著しく低下している状況で、補修を行っても継続使用が難しい状態。
中破とは、主要な部材に変形や損傷があるが、補修、補強により耐力の回復が可能で、継続使用が可能な状態。
小破とは、ほとんど変形している部材がなく、ひび割れなども軽微なもので、そのまま継続可能な状態を指します。
建築基準法の耐震基準は最大級の地震が発生した時に、倒壊は防止するけれど大破は許容しています。
命が守れたとしても、住み続けることができなければ被災した方にとって精神的にも金銭的にも大きな負担が生じてしまいます。
耐震建築家は、耐震性向上を重視し、社会課題に貢献するために修練しつづける
Q:耐震建築家とは?
私たちが定義している、耐震建築家とは建築構造を専門とする建築士の中で、耐震性向上を目指した「工学的判断」の修練に常に取り組み、耐震建築の専門家として大義を自ら定め、社会課題解決に取り組む建築家のことを「耐震建築家」と呼んでいます。
もうすこし平たく言うと、構造設計者の中でも、耐震性向上のために日々の努力を惜しまず、強い志や夢を実現するために、真摯に取り組んでいる人と理解していただければと思います。
構造設計と実際の建物の挙動の差を埋めるのが工学的判断です
Q:工学的判断とは?
実は、構造計算で得られる結果と、実際の建物で起きている結果には違いがあるんです。
その差を埋める作業が工学的判断であると私は考えています。
構造計算を行うときに、我々は仮定条件というものを決めます。
「仮定」とは実際とは少し違うけども、という意味ですが、何故その様な過程を踏まえなければならないかというと、建物を施工する人や利用する人によって変わるもの、材料のばらつき、自然現象等考えたらきりがないことがあるため、また実際に建物に起きる事象が何故そうなるのか計算・説明しやすくするためです。
実際とは少し違う条件で行った構造計算は、実際の建物にかかる力や変形とは少し違う結果になります。そこの差を埋めるために耐震建築家が判断しなければならないということです。
ひとつ例を上げると、地震は、実際に起きてみないと、大きさや揺れている時間などもわかりませんし、それにより建物がどのように揺れるかもわかりません。
構造計算では、過去の経験から地震の大きさを仮定し、建物の建つ地域や建物の高さなどを考慮した上で、仮の外力を設定して検討を行うことになります。
この工学的判断は非常に難しいものですので、日々わたしたちは修練を積まなければいけませんし、私たちが行った工学的判断の妥当性について、つねに説明責任を負っていると考えています。
我々構造設計者が建築基準法を守っていれば大丈夫と思わせてしまった
Q:今の日本に建築基準法を超える高耐震建築が広まらない理由は何だと思いますか?
高耐震が広まらない理由は大きく4つの理由があると思います。
一つ目は、建築基準法が目指す耐震性が実はそれほど高くないという事実を一般の方はそもそも知らないということ。
二つ目は、技術的解決法はあるのに、建築コストが高くなる又はそう思い込んでいること。
三つ目は、耐震性を高めたとしても、その性能がわかりづらいし、見えづらい。要は効果があるのかどうかわからないことが影響していること。
四つ目は、我々構造設計者が一般の方にこれらの事を説明してこなかったことが原因で、建築基準法を守っていれば大丈夫と思わせてしまったこと。これは大きな問題だと思っています。
高耐震性=高価格のイメージを払拭し、耐震性向上とコスト効率を両立させることが必要
Q:どうすれば建物の高耐震化は普及すると思うか?
個人的には、一番の要素は、コストを抑えることにあると思います。
もし同じ金額で建てられるなら、普通の建物と耐震性の高い建物のどちらを選びますか?
おそらく、多くの方が高耐震を選ぶと思うんですよ。
まずは、高耐震=高価格の固定概念を壊す必要があると思います。
実は、同じ耐震性能でも設計者によってコストは大きく変わります。
日々、コストを意識した設計をしていると同じ耐震性能でもコストを落とすことができます。
その落せたコストを利用して補強にまわす。そうすることで掛けるコストは変えずに高耐震とすることができます。
しかし、その事は多分皆さん知らない。
それは課題の一つだと思っています。
また、建築基準法の耐震性は壊れる可能性があるってことを一般の人にも知ってもらうことが必要だと考えています。
戸建ての住宅は耐震等級3が主流になってきていますし、公共の建物や避難場所は耐震等級2や3が普通です。これって、自分の家が万が一のときに住めないと困るな、とか避難所はこわれたら機能しないなあって考えているから広まったと思うんですよ。
同じく賃貸や貸事務所なども、借りる側の人が、高耐震の建物を選ぶのが当たり前になってくると、建主さんも高耐震化を選ばざるを得なくなってくると考えています。
耐震等級1 | 「極めて稀に(数百年に一度程度)発生する地震による力に対して倒壊、崩壊等しないこと」「稀に(数十年に一度程度)発生する地震による力に対して損傷を生じないこと」を目標とした等級。すなわち、新耐震基準と同等。 |
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耐震等級2 | 「極めて稀に(数百年に一度程度)発生する地震による力の1.25倍の力に対して倒壊、崩壊等しないこと」「稀に(数十年に一度程度)発生する地震による力の1.25倍の力に対して損傷を生じないこと」を目標とした等級。 |
耐震等級3 | 「極めて稀に(数百年に一度程度)発生する地震による力の1.5倍の力に対して倒壊、崩壊等しないこと」「稀に(数十年に一度程度)発生する地震による力の1.5倍の力に対して損傷を生じないこと」を目標とした等級。 |
建築基準法の最低基準である倒壊防止だけでは、安心な生活は難しいと考えています
Q:耐震建築家が考える、本当に安心して暮らせる建物とは?
個人的には、倒壊防止を最低基準としている建築基準法ギリギリの建物では、本当に安心できる暮らしとは言えないと考えています。
なぜかというと、自然の猛威は簡単に我々の想定を超えてくるからです。
熊本地震の震度7が2度起きた事例もまさに想定外だと思います。
建築基準法ギリギリの建物に想定より大きな地震が来たので倒壊しましたでは、お話になりませんし、大破で済んだとしてもすぐに避難ができる状況には無いと思いますので、柱とかが目に見えて壊れている状況の中で、余震に怯えながら生活を続けるってすごい不安だと思います。
そんないざというときに、高耐震の建物であれば、損傷が少なく済むため、余震による不安も軽減できると考えています。更にライフラインが止まることもあるので、水と電気を建物独自で供給できるシステムがあれば、なお安心できると思います。
高耐震建築の普及と構造設計者のプロフェッショナリズム向上に貢献したい
Q:耐震建築家として成し遂げたいことは?
まずは耐震建築家の仲間を増やし、ともに高耐震の建物の普及と構造設計者の認知度を高めていきたいと考えています。
そして、仲間たちとの情報共有で、最新知見や工学的判断の修練を行い、自らの技術力を高め、それを若者の構造設計者たちに継承することで、耐震建築家の育成を行います。
また、この様な発信を続け、全国の構造設計者たちにも耐震建築家としての志を広めていくことで、高耐震の普及や構造設計者の価値向上に繋がると考えています。